賃金周りに関する情報公開の促進

最近、経済評論家の山崎元氏のベーシック・インカムへの賛同がブログ界隈で話題を集めていたが、山崎氏の意見で、もっと注目されるべきと思うものがあったので書き留めておきたい。それはJMMのQ:824「最低賃金引き上げは日本経済にどう作用するか」への回答のなかで提唱していた、賃金状況をめぐる改善策。山崎氏は、最低賃金を公的に定め、安易に上昇させることについては、経済学の教科書的常識どおり懐疑的な見解をもっている。しかし最低賃金引き上げ論議が最終的に目的としている貧困解消のためには、賃金そのものに介入しなくても、賃金周りの情報公開を進めるのがよいという。それを読んで、貧困を生む大きな要因となっている正規・非正規雇用間の処遇格差を改善していくには、両者の賃金周りの情報公開を公的に推し進めるべきだとの示唆を得た。

日本の労働市場はまだまだ労働移動が少なく、企業相互の賃金情報もオープンになっているとは言いがたい。賃金周りの情報公開の提案に一理あるなと思うのは、日本では賃金と含めたさまざまな報酬の細目が、いろいろな名目をつけられた税額控除によって、公的な意味づけを帯びているにもかかわずブラックボックス化しているからだ。単に月極めの賃金だけなら、春闘にのぞむような大企業では公開されている。しかしそういった企業でも、それ以外の企業年金を含めたフリンジ・ベネフィットは企業ごとに多種多様でまったく不透明だ。これまで日本社会では、ある企業に正規雇用で、あるいは非正規雇用で勤めると、いったいどのような報酬をトータルで受けられるのか知らないままに就業することが多かったし、いまでもそうだと思う。

山崎氏は、賃金情報公開の一例として、派遣労働者の場合、最終的な雇い主(派遣先)の企業が払う時給と、派遣元の企業が払う時給の公開を義務づけ、派遣労働の当事者が自己の労働の価値を判断できるようにすることを提唱している。これが実現すれば当事者は、派遣先・派遣元のピンハネ度を比較できるし、職務給的な発想で自分の仕事の価値を見つめなおすこともできる。派遣労働者は、格差社会論ではしばしば話題になるものの、非正規雇用者総数からすれば実際は数も少なく、処遇においても相対的に恵まれた層のはずだが、ここを突破口にして賃金の情報公開を進めることができればとても面白い。職務給的発想が広がり、労働移動可能な労働市場が醸成されるきっかけになる。

賃金情報はできるだけ広範囲に公開されるのが望ましいと思うが、かけ声だけではなにも進まないので、派遣業種から手をつけていくのに賛成だ。日本では派遣社員は法定年度での雇い止めを繰り返され、その身分に固定化される傾向があって、世間的には虐げられらた業種の典型のように思われている。最近GIGAZINEが派遣会社叩きのエントリーをアップしていて、まるでお門違いな認識を示していたが、言うまでもなく派遣会社を使う元請け会社こそが処遇格差を伝播させている元凶だ。派遣という雇用形態は、他の諸国では、正規雇用への転換を控えた一時的な雇用形態だとみなされている。正規・非正規間の障壁が低い労働市場では、派遣社員が日本のようにその形態に滞留し、不況期を超えても一方的に増加することはない。山崎氏の提案、「派遣労働者に対して、受入元から幾らの賃金が払われているのかに関しては、直ぐにでも情報公開を義務付けるべきではないでしょうか。」が、労組関係者らも含めて広く知られることを望みたい。

  • JMM、Q:824「最低賃金引き上げは日本経済にどう作用するか」への山崎氏の回答より

 もう一つの方法は、間接的に、労働者の賃金に好影響を与えようとする方法です。それは、賃金周りに関する情報公開の促進です。たとえば、業者に派遣される労働者の場合、最終的な雇い主が払う時給と、派遣元の会社が支払う時給との間に、大きな乖離が存在する場合が多く、この情報を全ての当事者に判断材料として公開するように義務付けると、労働者は自分の労働の真の価値に近い数字を知ることが出来、条件の改善要求に対して自信を持つことが出来ますし、雇い主側も労働の真の価格に近い価格を知るので、現在大きく乖離している価格が上下から差を縮める効果が期待できます。

 労働者を集めて派遣するビジネスの主な付加価値は、主として最初の紹介の場面にあるでしょう。派遣会社が、それを果たした後も、「中抜き」による大きな利潤を得続けることが出来ることの理由の一部は、労働需給の当事者同士の情報不足にあるでしょう。情報を公開した上で、それでも当事者達にとって正当だと認識された上で、堂々と「中抜き」を続けるなら、何も問題はありません。公的な介入によって自由な取引を直接制限するのではなく、ただ、判断のための情報を増やすだけです。

 また、正社員の待遇と、非正規雇用の待遇についても、情報公開が進むことが望ましいでしょう。ある意味では、正社員がこれまでの好待遇を既得権的に確保し続けていることが、非正規雇用者の条件の悪化、ひいては正社員への転換を阻害してきました。同じ職場で働く両者が、正しい情報をお互いに知った上で、適正と思う賃金を交渉するようになれば、時間は掛かるかも知れませんが、両者の条件差は縮小に向かうのではないでしょうか。

 賃金情報の公開をどの程度まで行うのが現実的かは判断の難しいところではありますが(会社によっては、直ぐにでもやればいい)、派遣労働者に対して、受入元から幾らの賃金が払われているのかに関しては、直ぐにでも情報公開を義務付けるべきではないでしょうか。

  • 【明解要解】なぜ日本の「最低賃金」は低いのか?|話題|社会|Sankei WEB

http://www.sankei.co.jp/shakai/wadai/070905/wdi070905000.htm