政府発情報を読むにはリテラシーが必要

今月初め、内閣府の経済社会総合研究所が、日本では税の所得再分配効果が低い、とまっとうな報告をまとめたばかりなのに、その問題意識を帳消しにする報告が新しく出されたようだ。日本は生涯賃金格差が少ない平等な国だとアピールしたいらしい。内閣府の中の人にもいろんな人がいるのが伺える。


■NIKKEI NET:生涯賃金格差「日本が最小」・内閣府が日米欧7カ国調査
http://www.nikkei.co.jp/news/main/20070123AT3S1101B22012007.html

労働者が生涯を通じて得られる賃金の格差は、欧米諸国と比べても日本は小さい部類に属するとのリポートを内閣府がまとめた。同年代の労働者の賃金格差が他国よりも小さいことが影響しているという。日本では年功賃金の崩壊が進み、年収格差が広がるといった声が多いが、内閣府は「日本は国際的に見ればまだ平等」とアピールする狙いもありそうだ。
内閣府は日本と欧米計7カ国の生涯賃金の格差を国際比較した。各年代ごとの賃金分布などを使って「格差度合い」を算出。数値が大きいほど格差が大きいことを示しており、日本は2004年時点で1.063倍だった。格差の比較的小さいとされるスウェーデン(1.114倍)、フィンランド(1.103倍)より低く、7カ国の中では最も小さかった。


この報告は所得再分配についての報告と同様、現時点で内閣府のHPで公開されていない。マスコミを通してのリーク先行の情報ということになる。内閣府による意図的な情報操作をねらったアピールなのか、それとも官僚の無謬性への固執がなせる業なのか、おそらくその両者だろう。


内閣府は2006年1月の月例経済報告で、格差拡大の主因は高齢化にあるとした大竹文雄氏の見解を援用し、「所得格差の拡大は見かけに過ぎない」とした。これは大竹氏の発想の一部をつまみ食いした説であったのに、小泉首相(当時)の国会答弁でも踏襲された。


そもそも政府の統計史上、生涯賃金をめぐる統計は作成されていないはずであり(ソース@竹中平蔵佐藤雅彦『経済ってそういうことだったのか会議』)、この報告でどのようなデータをもとに生涯賃金がはじき出されているのか、気になるところだ。さらに、この内閣府の報告で、ぜひ見てみたいのは30代、20代といった若年層における賃金格差がどのようになっているかだ。データをもたらした母集団の属性も、単身者世帯を含むのか、二人以上世帯だけを対象にしていないか、も気になる。


実はこのニュースのような、年齢階級内の所得不平等度は安定している、といった見解は、それほど目新しいものではない。日本は平等な社会だとほんの少し前まで信じられていたわけだから。ただ、それが今のトレンドを捉えているかといったら話は別だ。下記に大竹文雄氏が経済産業省内の審議会もしくは研究会で用いたレジュメがある。これは全国消費実態調査(総務省)を用いて年齢階級別のジニ係数(図11)、国民生活基礎調査厚労省)を用いて年齢階級別貧困率(図16)といったグラフを作成している。それらは30歳未満で年齢内所得格差が拡大していることを示している


■格差とその世代間継承・教育(経済産業省
http://www.meti.go.jp/committee/materials/downloadfiles/g51124e06j.pdf


また高齢期は生涯の稼動収入が集約的に現われる時期なので、経済格差は当然拡大するが、白波瀬佐和子氏の研究によると、社会保障制度(年金)の充実により、高齢期の経済格差は改善の傾向にあることも観察されている。基本的に年功賃金が維持されているこれまでの「日本的雇用」の恩恵に与れた年代層や高齢層では、所得不平等度は低い。しかし特に若年層では、そのような雇用体系に入り込めた者と、そうでない者との格差が急拡大しているのだ。


もし年代間所得格差の生じているトレンドを考慮せず、現時点の年代別賃金を輪切りにしたものを積み重ねたただけの報告なら、全く不十分だ。さらに言えば賃金だけ調べて資産格差を考慮していないはずなので、そんな一面的な調査で「日本は国際的に見ればまだ平等」などとアピールされたらたまらない。


記事中気になるのは、「年功賃金の崩壊が進み、年収格差が広がるといった声が多い」といった一文だ。これが今の日本人の多くの認識なのかも知れないが、これが根本的におかしい。今起きている問題は、年功賃金が維持されているがゆえに格差が拡大してしまうことであって、年功賃金を可能ならしめる税体系や慣習、規制業種の存在が、格差を助長しているのだ。この論点は追い追い深めたい。


つくづく政府発の情報は注意して読まないといけないと思う。新聞紙面でこの記事はどこまで深く紹介されているのかわからないが、新聞がただの広報機関になってしまっているのだとしたら哀しい。話は飛ぶようだが、国民なら政府が税金をつかって物品などを購入する調達情報(入札など)は公開されるのが当然だと考えないだろうか。政府の調達情報のサイトでは「各省庁の担当部署の判断により掲載されております」として、選択的な情報しか公開されていない。政府であっても基本的に自らの組織に都合のよい情報しか発信しないと疑ってかからないといけない。


追記(1月26日):上記エントリー中、この報告が公開されてないとした部分は、後に公開されていたことが判明したため、憶測による展開を取り消し、訂正します。リンクは以下です。


ESRI,ESRI Discussion Paper No.172 日本の賃金格差は小さいのか
http://www.esri.go.jp/jp/archive/e_dis/e_dis180/e_dis172.html