対日経済審査報告書2008の件(2)

+報告書の肝心の部分を報じず歪んだ情報を伝える新聞報道について
(1から)対日経済審査報告書の要旨がOECD東京のサイトにアップされていたので見てみた。

  • OECD 対日経済審査報告書2008年版 要旨

http://www.oecdtokyo2.org/pdf/theme_pdf/macroeconomics_pdf/20080407survey.pdf

この要旨は面白いことに淡々と現状分析が書かれているのではなくて、「どうすれば〜できるのか?」としばしば小見出しになっているように、克服すべき課題を見据えた書き方になっている。従来よりも注文をつける度合いが高まっている印象だ。当ブログとして一番関心があるのは、「どうすれば労働市場を改善できるか?」(PDFで9P)の部分である。見てみると、新聞記事が、この要旨に列挙されているいくつかの対策から、良く言えば取捨選択、悪く言えば、つまみぐい的なとりあげ方をしていることがみえてくる。新聞には字数上の制限があって、とりあげる論点に限りがあることは仕方がないが、いわゆる日本的雇用慣行を問題視する部分が、新聞記事からは、ごっそり抜け落ちている。この要旨では労働市場の二極化を反転させる策として、「柔軟性の高い正規雇用」(の必要性)や「民間部門が広く取り入れている配偶者手当、年功序列型賃金制度、採用時の年齢制限」といった雇用慣行も労働市場の二極化を招いている障害として指摘しているのにだ。柔軟性の高い正規雇用とは、正規雇用への参入・退出が容易であるということだ。気になる正規・非正規間の給与格差の問題は、この要旨の中に指摘するくだりは、なかった。

要旨だけみて新聞報道をくさすわけにもいかないので、元のソースにあたってみると、新聞報道に一層違和感を感じることとなった。大部なので全文には目を通せていないが、労働市場改革について書かれた章には、ほかの章と同じく、まとめ部分がある(PDFでP189)。ここに労働市場の二極化を反転させる方策が提言されている。

‐Economic survey Japan
http://titania.sourceoecd.org/upload/1008041e.pdf

Box 6.1. Summary of recommendations to reform the labour market
Reverse the trend toward increasing labour market dualism
● Reduce employment protection for regular workers to reduce the incentive for hiring non-regular workers to enhance employment flexibility.
● Expand the coverage of non-regular workers by social insurance systems based in workplaces, in part by improving compliance, in order to reduce the cost advantages of non-regular workers.
● Increase training to enhance human capital and the employability of non-regular workers, thereby improving Japan’s growth potential.
Raise the labour force participation rate of women, while encouraging higher fertility
● Reverse the rising proportion of non-regular workers to provide more attractive employment opportunities to women.
● Reform aspects of the tax and social security system that reduce work incentives for secondary earners.
● Encourage greater use of performance assessment in pay and promotion decisions.
● Expand the availability of childcare, while avoiding generous child-related transfers that may weaken work incentives.
● Encourage better work-life balance, in part by better enforcing the Labour Standards Act.

すると、やはりというか当然というか、新聞記事に反映されてない書き方が、ソースにはしっかりとあった。二極化を反転させる方策の第一番目にあげられているのが、「常用雇用の雇用保護を減らし、雇用の柔軟性を高め、非常用雇用で済ます誘因を減じるべきである」ということ。ほかにも新聞記事にない論点として、「報酬と昇進の決定において、成果にもとづく査定(成果主義)を促進すべきである」との記述もある。日本的雇用慣行にメスを入れる指摘は、日本の読者の目の届かないところで、しっかりとなされていた。「雇用保護を減らし」とは労働条件の不利益変更や解雇規制の緩和につながる記述であり、新聞にとっては読者の目には触れさせたくないことなのではないか。ちなみに、こちらでも給与格差の是正を推奨するようなくだりは、みあたらない。むしろ、P183の「In practice, international experience suggests that it is often difficult to determine how much of the wage gap between regular and part-time employees ・・・」のあたりで、給与によって格差を是正しようとすると、非常用雇用者にとって逆効果を及ぼす可能性が高いことが指摘されている。中日新聞の見出し「給与格差に懸念」はミスリードでしかないのだ

追記:中日新聞と同一グループの東京新聞が、(1)で引用したのと同じ記事に「OECD対日報告書 非正社員待遇改善を 労働市場の格差懸念」の見出しをつけていたことを知りました。そうした見出しで報道することは、嘘の報道ではないけれど、OECD報告書の本意を伝えている報道とは呼べないのではないでしょうか。こうした記事の見出し部分だけが政治の場で野党によって引用されたりして、日本的雇用慣行を強化する短絡的な議論を後押しする恐れがあります。

ただし、このソースの文章を読んで当ブログとして少し認識不足だったなと思ったのは、「Reverse the rising proportion of non-regular workers」という記述があるように、OECDも非常用雇用の増大を否定的に評価しているらしいことに気づいたことだ。常用雇用が適す産業と非常用雇用が適す産業があると思われ、その最適な割合の解があるのかどうか、今後の考える糧としたい。ただし、常用雇用の雇用保護の低減を論じない常用雇用増大論に説得力がないことは明らかだ、と声を大にしておきたい。

ともかく、OECD対日審査報告書による日本の労働市場改革への提言は、この数年来変わりなく、労働市場の二重性を指摘し、常用雇用(正規雇用)の雇用保護を減少させ、非常用雇用(非正規雇用)の雇用保護を改善せよと一貫して主張している。メディアが伝える情報は、公的な文書を伝えるときでさえ、いくつものバイアスを経て、読者に受け入れられやすいステレオタイプに加工されて伝わる。たまたま自分は対日経済審査報告書に関心をもっていたから、今回の記事の奇妙さを自覚できたが、他のニュースでも日常的に同様の歪められた情報が流通しているに違いない。OECDの提言のコアな部分が、正確に、日本の多数派に届くのは、いつの日だろうか。日本的雇用慣行にどっぷりつかったメディアが影響力を発揮している限り、正確な情報は伝わりそうもない。パラダイス鎖国、ここにありって思い知らされたところで、この文章は終わりです。

追記:id:svnseeds氏が、同じくOECD対日経済審査報告書のメディア報道の偏りについてとりあげていたので、切り口は違うけれどこの日付からトラバを送ってみた。