北欧の高福祉に理想を見出す前に(1)

16日、経済財政諮問会議で「成長力底上げ戦略」がまとめた基本構想が了承された。すでに多くの報道が、その中身の乏しさに疑問を投げかけているように、格差批判をかわすためのつぎはぎの政策パッケージの域を出ていない。経済財政担当大臣の大田弘子氏は、リスク回避的な成熟社会が経済成長を遂げるには、労働力の流動化が必須であることを過去に説いてきた人物だが、その持論を血肉化する議論に踏みこめていない。経済財政諮問会議はタテ割り行政の弊害を排し、省庁横断的な議論をするのが本来の使命なのだから、より根源的な提言ができない今の状態は、問題だ。基本構想の三つの基本的な姿勢のうち、直接的に労働市場にふれているのは二番目の以下のような内容である。


■「成長力底上げ戦略」(基本構想)
http://www.keizai-shimon.go.jp/minutes/2007/0216/item8.pdf

2.「機会の最大化」により「成長力の底上げ」を図る
「成長力底上げ戦略」は、単に『結果平等』を目指すような格差是正策とは異なり、意欲のある人や企業が自らの向上に取り組める「機会(チャンス)」を最大限拡大することにより、底上げを図るものである。これにより、労働力人口が減少する中で、人材の労働市場への参加や生産性の向上を図り、他の成長戦略と相俟って、経済の活力を維持・向上させ、経済成長を高めていくことを目指している。

先日発表されたOECDの報告書「経済政策改革・成長に向けて2007」では、労働市場流動性を高める改革が提言されていた。今国会で行われている格差社会論議では、非正規雇用者や低所得者に、いかにしてより高い賃金や給付を与えるかが議論の焦点になっていて、雇用の流動化は表立った論点に浮上していない。再チャレンジ論議も、就職氷河期世代をいかにして既存の企業社会へ救い上げるかが論点になっていて、労働市場のマジョリティに影響を与える雇用の流動化に踏み込んだ議論になる気配がない。まがりなりにも働き手の3分の2が正規雇用で働いている状況では、マジョリティに不安を与える流動化論議などもってのほかということだろうか。正規・非正規の雇用保障を判然と差別する日本は、働きに応じた公正な処遇が確保されていない。それゆえ格差社会批判が沸騰するのは当然だけれども、経済ジャーナリズムの格差社会批判のなかには、一面的な議論としか思えないものがある。その例について書いてみたい。


現在、景気はマクロではもち直しており、失業率(総務省労働力調査)も4%前後を推移し、2001年から2003年にかけて5%を突破していた時期のような、雇用そのものへの切迫感は薄れている。喉もとすぎれば熱さ忘れるが人間の常だから、このような状況では、公正な市場を希求するよりも、目の前の給付ばかり要求する近視眼的な声が大きくなりがちだ。就職氷河期世代が労働運動に目覚めつつあるといっても、新自由主義批判を書きさえすれば何ごとかを言いえたつもりになっているタイプの人々と結びつき、短絡的に給付型の要求に傾きつつあるのを眺めると、危うさを感じる。彼らが要求すべきは、差別なき公正な市場の基礎的な条件整備であって、目の前の自分の時給アップなどではない。個々人はみな違った産業で違った職場で働いているのだから、賃金を一律に底上げなどできるわけがない。生活保護のような給付要求と最低賃金引き上げ要求を、ごちゃまぜにした運動体の連帯は、反動的な意味しかもたないだろう。それは旧来型の労働運動となんら変わることがない。そこで目指されるべき一律の底上げとは、リスク対処への社会保障部分の底上げであり、そのための制度的改革だ。


当ブログは英米で行われた経済改革に、新自由主義とラベリングして批判しさえすればことたれりとする安易な議論の横行に辟易している。社会政策をアメリカ型とヨーロッパ型に対比させて、目指すべきはヨーロッパ型だ、などとする議論も、単純化が過ぎると思う。そういう議論が政府のメインストリームでされているわけではないけれど、目に入ってきてしまう。社会政策の展開は、各国固有の歴史があり、参考にすべきポイントは混在している。


確かなのは、日本の経済成長が著しく鈍化していることであり、それは少子高齢化の趨勢を理由にするだけでは済まされない。他国を謙虚に見る目が必要だ。例えば、下記のグラフのような日米経済の名目GDP成長率の比較をみれば、アメリカは資本主義の不安定さが埋め込まれている弱肉強食の世界だと揶揄するむきもあるが、日本よりはるかに安定的な成長を遂げてきたことがわかる。例えば、2004年、日本は名目GDP成長率はOECD諸国で最下位となったが、このときの数値は1.5%、G7平均では4.1%、OECD平均では5.6%だった。これは過去10年に遡っても、日本の名目GDP成長率は、0.3%、G7平均では3.7%、OECD平均で5.7%であり、日本は他の先進国から相当な落ちこぼれなのだ。グラフをみると、日本の名目GDP成長率をアメリカと見比べるとバブル期にほんの少し上回ったことを除けば、なんと石油ショック以降、一貫して差をつけられている。(ソース・内閣府資料など)

■ 日米経済1 (名目GDP成長率) 1956〜2004(年度)(日経メディアマーケティング
http://www.nikkeimm.co.jp/support/needs/pdf/dp040110.pdf