クロスオーナーシップ批判は参入規制批判に換骨奪胎される

2月某日。ある公開研究会。内容は断りなしでは記事化しない約束なので、考えていたことを別の角度から記す。研究会では、なぜ今のマスメディアが、批評・批判・検証といったジャーナリスティックな機能を発揮しえなくなってしまったのか、といった定番の話題が持ち上がっていた。現役のマスメディアの中の人は、経済的な論理の重圧や他組織とのつながりの欠如を嘆いてみせ、連帯をよびかけた。OBやアカデミシャンは嘆きの声をあげる現役組にエールを送った。片隅で耳を傾ける自分は、そのしゃんしゃん総会ぶりに既視感を覚えて、空を仰いだ。でも、こんなふうにマスメディアに毒づくということは、それはどこかしら期待の裏返しでもあるわけで、力不足な自分に気づき、自己嫌悪のスパイラルに嵌まり込む気持ちもある。

ともかく、マスメディアのジャーナリズム機能の不全の理由を語り合ううちに、クロスオーナーシップの問題を指摘する人がいた。テレビや新聞のメディア業態間をまたぐ支配力の形成を規制しようという発想で、神保哲生氏が盛んに啓蒙してきた論点だ。 もともとテレビは、電波という有限資源を占有していることから、総務省令で、「同一地域(原則として県域単位)の複数の放送局で10%以上、別な地域の放送局の場合で20%以上の株式を保有してはならない」と持ち株制限がされている。ちなみに外資も20%に制限されている。 この放送のマスメディア集中排除原則は、言論の多様性を維持する目的で設けられているので、その立法趣旨に則るならば、メディア業態間をまたぐ支配力を発揮する企業の存在も許されないことになり、今の日本のように新聞・テレビ・ラジオが系列化した状況は望ましくない、ということになる。

だが、この切り口でマスメディア批判する有効性はすでに失われているのではないだろうか。まず技術面から、メディアが活字・動画・音声・を一元的にインターネット・プロトコルによって融合して表現できる状況になっている。メディア業態間を分断する必然性はない。もちろん既存メディアたる新聞や放送の形態上の差異は、はっきりと存在するけれども、それを分断して考えるほうが、彼らが実質的に系列化してるにもかかわらず、メディアごとの形態上の差異にもとづいて享受している既得権を温存させてしまうことになる。また経済面の要請から、すでに放送の集中排除原則が緩和されつつある。これは放送業界内部で、系列再編や電器メーカーの資本注入によって、地上波デジタル移行にともなう経費負担に備える動きだろう。

■放送持ち株会社への出資、1社で「20%超」可能に
http://www.nikkei.co.jp/news/keizai/20070209AT3S0801J08022007.html

総務省が導入を計画している放送持ち株会社制度の骨格案が8日明らかになった。新聞社やメーカーなど一般企業が持ち株会社に1社あたり20%超出資できるようにし、50%までの範囲で上限を設ける。持ち株会社の傘下に置ける放送子会社は当面10局前後まで可能とする。いまは新聞社などは1つの放送局に20%超出資すると、他の放送局には20%未満しか出資できないマスメディア集中排除の原則がある。持ち株会社では、この規制を緩めてグループの放送各社を束ね、経営力を高められるようにする。総務省はこの骨格案を9日の自民党の小委員会に示したうえで、放送法改正案を今国会に提出する。2007年度中の成立をめざす。施行は08年度を予定している。(07:01)


いまマスメディアの機能不全を語るのに有効なのは、もっとシンプルな論理ではないだろうか。インターネットをベースにした放送と通信の融合の流れを推し進め、規制緩和によるメディアの新規参入を求めるほうが、多様な言論環境をもたらすのではないか。業界は放送事業の独自性を主張するだろうが、そんなものはもはや張子の虎みたいなものだ。 放送法には2条の2-2-1に、総務大臣は放送局の置局にあっては「放送を国民に最大限に普及させるための指針、放送をすることができる機会をできるだけ多くの者に対し確保することにより、放送による表現の自由ができるだけ多くの者によつて享有されるようにする」措置を講ずるものとされている。 これは希少資源の独占を禁止し、表現の自由の機会を解放するのが立法趣旨だろう。これを実質的に可能にする、多様性のあるメディア環境の構築こそ目指されるべきであって、業態間の分断を求めてもあまり意味がない。下記のような与党、マスメディア、電器会社の結託したバラマキ作戦による放送の特権的地位の延命の動きこそ、ジャーナリズムの敵そのものだろう。

■地デジチューナー、低所得者に無料配布・政府と与党が検討
http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20070217AT3S1602Q17022007.html