雇用形態による差別を温存する国は衰退する

■NIKKEI NET:主要ニュース 日本、非正社員と比べ手厚い正社員保護・OECDが指数化 
http://www.nikkei.co.jp/news/main/20070214AT3S1302613022007.html

【パリ=野見山祐史】経済協力開発機構OECD)は13日、日本の労働市場に関する分析を公表した。正社員とパートなど非正社員の保護度合いを独自に指数化して国際比較したもので、正社員と非正社員の保護度合いの差は日本が主要7カ国で最も大きかった。女性の就業率も他国に比べて低く、雇用市場の流動性を高める改革が必要としている。今回の分析は、OECDが加盟各国に構造改革の処方せんを示す「成長に向けて(2007年版)」に盛り込まれた。 (07:00)


OECDの新しい報告書「経済政策改革・成長に向けて2007」が発表された。日本と韓国は、フランス、ドイツ、スペインといった大陸系EU諸国とともに、正規雇用への強い雇用保障が労働市場の二重性を生み、正規・非正規の分断を生んでいると指摘されている。日本に対する提言では、新規雇用をためらわせるほどの正規雇用者への雇用保障の見直しを勧告している。なかでも、解雇規制は、司法判断がまるで不透明なものとなってしまっているので、厳格で透明性の高い基準をつくることを推奨している。当ブログはこのタイプのOECDの経済診断をしつこくフォローしていきたい。

■Economic Policy Reforms: Going for Growth 2007
http://www.oecd.org/document/8/0,2340,en_2649_37451_37882632_1_1_1_37451,00.html


正規・非正規の格差が、格差の再生産を生み、将来的に社会不安をもたらしかねないという認識はしだいに浸透しつつある。だが真に認識されるべきは、両者の格差の本質的な部分こそ、日本の競争力を奪っている元凶だということだ。正規・非正規の格差を放置することは、雇用形態の入口のところで生産性に応じた報酬を受けられない働き手を大量につくりだしている。しかも今の日本は労働市場流動性がないため、それらが固定化され滞留する。市場に競争条件の異なるプレイヤーが放置されることにより、市場は公正に機能しなくなっている。市場をつくる番人として政府が果たすべきは、労働者が市場参入するときの基礎的条件を均等化し、公正なものとすることだ。恐ろしいのは、下記のような経営側(日本商工会議所)のアンケートだけが報道で垂れ流され、社会保険が雇用形態に中立的に適用されない現状を、シカタナイと思う人が増えてしまうことだ。だが、これは先進国のスタンダードではない。

Yahoo!ニュース - 読売新聞 - パートへの厚生年金適用、企業の7割以上が反対
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070214-00000211-yom-bus_all


正規・非正規間の格差は、年金・社会保険などの社会制度上の問題と、解雇規制をめぐる法・慣習上の問題と、企業独自の処遇上の問題があり、是正されるべきは前の二つだ。日本社会で見落とされていると思えてならないのは、正規・非正規間にある問題の根源は、賃金格差などではなく、雇用形態間の制度的差別なのだということだ。日本は属性での差別が無自覚に横行しているのに、それを統計的差別という言葉で正当化するものまでいる。差別があっても、さも役割分担であるかのように自明視している。淵源をたどれば、差別を助長する法律や税制につきあたるが、各人はその連鎖を解くよりもさっさと同調圏内に入ってしまったほうがトクだから、ほとんどの人が追求しない。


正規・非正規間の格差を社会保険(年金)でみると、日本の雇用構造の差別性は際立つ。以下、大沢真知子ワークライフバランス社会へ』2006年、の記述を参考に書き進める。日本はパート労働者の場合、一般労働者の4分の3以下、あるいはサラリーマンの妻で年収130万以下の者、もしくは臨時労働者で2ヶ月未満の雇用契約を結んでいる者には、労使折半(13.58%)の社会保険が適用されない。つまり不安定な雇用状態におかれた者ほど社会保険の適用が受けられない。一般労働者の4分の3まで働かせておいても、事業主が社会保険負担を負わなくてすむのなら、それですむ非正規雇用が増えるのはあたりまえだ。ワークライフバランス社会へ―個人が主役の働き方


アメリカとイギリスの場合、正規・非正規の雇用形態による差別は明確にない。アメリカは社会保険は労使折半(計12.4%)、イギリスもほぼ労使折半(計21.9%)、で事業主負担が課され、労働者個人は、イギリスの場合は、収入が年換算73万円程度以下のものは、社会保険の強制加入が免除される。この場合、英米どちらも給付付き税額控除の制度がある国だから、社会保険が免除される程度の低収入の人々は、給付が付与される貧困ラインの人々と交錯しているはずだ。就労して社会保険を払ったほうが収入が増えるぎりぎりに制度設計されていることだろう。英米の社会の動向にネオリベラリズムとレッテルをはって済ます思考停止の人々は、こういった制度の運用や、雇用保険の事業主負担割合でも英米は突出しているといった、両国のセーフティネットの内実をまるで知らない。


オランダの社会保険は全額個人負担(17.9%)で、雇用形態に関係なく適用。デンマーク社会保険は労1・使2の割合(料率は不明)で、非正規の年39時間未満の労働時間の者には社会保険の負担義務が免除される。フランスの社会保険は労1・使2の割合(18%)で、雇用形態に関係なく適用。


ドイツの社会保険は労使折半(19.1%)で、非正規で、年換算47万円程度以下なら任意加入だったり、2ヶ月以下の短期間の臨時労働者らを雇う以外には使用者に12%分の負担が課される。(細かな規定あり)


つまり、これらEU諸国では、ドイツを除いて、正規・非正規間の社会保険適用の差別はない。諸外国の基本的な考え方として、労働者の社会保険負担に関して、全労働者が適用対象とされているのだ社会保険とは国が提供するリスク対処のミニマムな保障なのだから、差別的に処遇しないのはあたりまえのことだ。それが差別的に放置されていても、ブログを書くような先進的な新聞記者(過去エントリーでふれた)でさえ、その差別性を座視するのだから、公正さの感覚についての日本の後進性には途方に暮れる。


雇用形態によって差別を温存させているドイツと日本が、90年代半ば以降、一人当たりGDPのランキングで坂道を転がり落ちているのは偶然ではない。このような差別の存在が、労働市場の硬直化を生み、公正な競争を妨げている。差別の存在を平然と放置できるほど、いまの日本に余裕はないはずだ。非正規への社会保険適用で事業主負担が増えて困ると企業が悲鳴を上げるのならば、正規分の手厚い雇用保障を削り、広く薄いセーフティネットを構築するしかない。非正規の待遇を切り上げればいい、などと耳ざわりのいいことだけ言う人間は、全く信用できない。


OECDの報告では、フランスも労働市場における正規・非正規の二重性のある国として挙げられていた。これには解雇規制をめぐる法・慣習上の格差が関わっている。これもいずれ考えたい。


追記(2月20日):以下に社会保険料率の労使負担割合の国際比較など。
■検証:企業が負担する社会保障コスト(労働政策研究・研修機構
http://www.jil.go.jp/foreign/labor_system/2006_9/world_01.htm
追記(2月22日)
OECD『経済政策改革 “成長へ向けて” 2007 年版』
http://www.oecdtokyo2.org/pdf/theme_pdf/growth_pdf/20070213growth.pdf
http://www.oecdtokyo2.org/pdf/theme_pdf/growth_pdf/20070213growth2.pdf