給付付き税額控除の議論を深めよう

1月24日付、日本経済新聞「経済教室」の、日本租税総合研究所所長・森信茂樹氏による記事が極めて秀逸なものだった。「人口減と格差」に直面した社会への提言を、三人の識者が書いた連載のなかの一本。 見出しは「是正は個人の能力向上で〜ブレア政策に倣え〜給付付き税額控除を軸に」。 当ブログが5ヶ月前に格差社会の問題は、税体系の問題にいきつく、これに関連する英国本を収集、とつぶやいていた問題意識と一致する内容で、しかも自分などが考えていたよりも一層深い視点から提言がなされている(あたりまえか・・・)。以前から森信氏には、所得控除の問題点の指摘や教育支援のための税改革の提言に、学ぶところが大きかったが、この記事は先月読んだ論壇系の記事のなかでベスト。(論座2月号には今回の記事の原型となる、より濃密な論考もある)。給付付き税額控除を導入することの利点と課題が、四点づつ見事に整理されている。日本が生まれ変わる税制改革 (中公新書ラクレ)


自分はこれまで、個人への最低保障とは何なのかをあれこれ考え、生活保護(日)、ソーシャル・セキュリティ(米)、負の所得税ベーシック・インカム、参加所得、などの概念を漁るうちに、勤労所得税額控除(EITC)(英ではWFTC)にいきついていた(これらの概念は、みな異なるものの重なりあう概念である)。ETICは米英だけでなく、カナダやEU諸国で採用され、オランダ・モデルで有名になったオランダでもワークシェア政策の一環として導入されている。これをどこかで掘り下げて発表する機会はないものかと内々に考えてきたが、あまりに重要だと思う気持ちが抑えきれず、昨年10月には、はてなダイアリーキーワードにも登録してみた。ETICは池田信夫氏も下記エントリーで、最近言及していたように、この概念が今後、現実の政策課題になっていくのは確実だと思っている。すでに数年前から政府内でも研究はなされている。先月29日の経済財政諮問会議が打ち出した「就労促進型福祉への転換」の具体策として、絶好の政策だ。


池田信夫 blog 「格差是正法案」は格差を拡大する
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/92e2c979658285d94ba707dd6be72130
■世界経済の潮流 2002年春 (内閣府)第I部 世界に学ぶ−日本経済が直面する課題への教訓
第1章 活力を高める税制改革 −アメリカ、イギリス、スウェーデン
http://www5.cao.go.jp/j-j/sekai_chouryuu/sh02-01/sh02-01-01-03.html


森信氏の記事を読み、自分の思考に限界があったなと感じた点があった。自分には、社会保障の多面的な側面・・・例えば、病・障がい・老いなど脆弱性を抱えてしまった者へのミニマム保障、経済弱者へのミニマム保障、労働市場への参加機会のミニマム保障、子育て家族へのミニマム保障、教育機会のミニマム保障、など異なる社会保障のニーズを一体的に解決していくときの適切な「ことば」を見つけられていなかった。森信氏は「給付付き税額控除」とすることで、給付と減税を連続的に組み合わせることにより、社会保障制度と税制を一体的・効率的に運用することを表現している。これならば社会保障の中の、(給付型の)所得保障と(労働市場への)参加保障の領域を一体的に表現できる。


自分の場合は、どうしても、個人の労働市場への参加保障をいかに実現するか、に偏って考える傾向があった。つまり働き手個人にとってのミニマム保障を重視して考える限界があった。EITCは、税と社会保障を一体的に考える概念なので、貧困への対応と、労働参加への対応をカバーする概念ではある。そして、今の日本にとても重要な示唆を与えてくれる概念だ。だが他の社会保障も包括的に考えていくには、(森信氏の意図を超えているかもしれないが)、「給付付き税額控除」という日本語のほうが「使える」。


もうひとつ自分の限界を気づかされたのが、給付付き税額控除は、世帯単位で所得を管理する発想だということだ。常に個人を出発点に考える自分のような人間が、少子化のような問題を社会全体の問題と捉え、たとえ独身であっても責任の一端を果たしていくためには、世帯単位で課税と給付を考える仕組みを容認せざるを得ない。今は結婚し家族を営める者は強者とも言えるが、子どもを持つ家庭を支援する家族政策は、今より充実してもいい。母子世帯の貧困は、OECDの報告書でも強く警告を受けていたからだ。日本はOECD加盟国の中で、給与所得から税を引き、諸手当を給付した段階(所得再分配後)で、相対的貧困層に属する子どもの比率が増加する唯一の国だ。こんな逆機能に陥る税制は、そのままでいいはずがない。


今の日本の社会保障は、生活保護による給付のほうが最低賃金のもとで働くよりも高くなる現象にみられるように、社会制度の逆機能がさまざまに起きている。個々の政策が、所掌部局の予算配分になかでやりくりされ、バラバラな基準をもとにバラバラに実行されるので、一体的に機能していない。それらを一貫した哲学のもとに再編する必要がある。そして総合的な社会保障のデータブックもしくはサイトを構築する必要がある。例えば英国には下記サイトのような公共サービスのワンストップサービスの総合案内所がある。Public survices all in one place.なんとすばらしいことだろうか。各人にとって便利なだけでなく、受けられる社会保障が即座に回答されるので、透明性の高い運用になる相乗効果もある。

Website of the UK government : Directgov
http://www.direct.gov.uk/en/index.htm


追記(2月5日):森信氏が昨年12月に関西社会経済研究所で行った同趣旨の講演録を発見。
■日本経済の活性化と税制改革
http://www.kiser.or.jp/lecture/data/061205_zeisei3.pdf