正規雇用の雇用保障が既得権であるのを直視しないマスコミ(2)

(1月31日よりつづき)さらに、正規・非正規に関して、下記のような記事が出た。平成17年の国勢調査総務省)を用いた労働力集計によると、正規雇用者は5年前に比べ142万5000人減り、パートやアルバイトなど契約期間が1年以内の非正規雇用者は逆に99万5000人増えた。総数で見ると正規は4061万7000人で5年前に比べ3・4%減少。非正規は771万6000人で14・8%増えたという。全就業者に非正規が占める割合は12.5%、前回に比べ1・8ポイント上昇とされている。国勢調査によるこの統計は、契約期間が1年以内の非正規雇用臨時雇用)を対象としているので、同じ総務省労働力調査での非正規雇用割合よりかなり低く出ている。女性に多いパートを1年以上続けているといった非正規雇用者を含んでいないからだ。


Yahoo!ニュース - 産経新聞 - パート・アルバイト 非正規雇用100万人増 格差拡大裏付け
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070201-00000011-san-pol
Yahoo!ニュース - 時事通信 - 臨時雇用、5年で100万人増=05年国勢調査の労働力集計
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070131-00000153-jij-pol


なぜ非正規雇用は増加しているのだろうか。もちろん非正規が人件費が安いためである。一般的には正規・非正規の格差は、賃金格差と考えられている。先のOECD報告書によると2003年において、パート労働者は時間当たりで正規の4割の給与しかもらっていないとされている。パートは、収入や労働時間が一定以下だと、社会保険が適用されず、雇用者負担がゼロになる。報告書では、企業はパートを使うことによって非賃金コストの13%の節約の恩恵に与っているとしている。こういったコスト負担を回避するため、企業には、一定時間以下一定の給与以下で働く非正規雇用者を、バラバラに大量に雇うインセンティブがはたらく。雇われる側も、年収130万円以上で社会保険は自己負担となるといった扶養控除のような制度があるため、労働供給を抑制してしまう。非正規での雇用が合法的である以上、企業は低コストですむ非正規で済まそうとするのはあたりあまえだし、働き手も非正規にとどまったほうがトクになる者がいる。正規雇用は賃金以外のコストも割安で済ませられる制度的要因があるために必然的に増加するのだ


正規雇用者の比率の国際比較は難しいが(他のOECD諸国では30時間以下をパートタイムと考えるのに日本では35時間以下をそう考える)、パート労働者が全従業員に占める割合はOECD平均では15%であるのに対し、日本では26%とかなり多くなっている。急増する非正規雇用は、教育の恩恵を受けることが出来ない。企業内部のスキル向上の機会だけでなく、雇用保険すらないので、教育訓練給付といった付与も受けられない。教育訓練給付には国から税金が補填されており、非正規雇用は自己教育の機会すら、国から差別され、奪われている。さらに失業者への訓練プログラムの支出は非常に低いものにとどまる。(GDPの0.04%)このような教育機会の格差は人的資本の面から長期的に悪影響を及ぼす。各企業がコストを削減し、局所効率化をはかろうとすればするほど、労働市場全体には負の効果を与えてしまう可能性がある。


このような正規・非正規間の格差は、日本においては両者の間に労働移動がないため固定化され、生涯賃金格差が生じる。非正規は、賃金だけでなく、社会保険などセーフティネットが貧困な状態におかれている。以上の現象は、マスコミも書く。だが、その現象が意味するところは何なのか、マスコミでは書かれない。つまり、全労働者の3分の1を占める非正規雇用が大幅に安い賃金と、低い社会保障しか受けていないのに、雇用調整による犠牲という負担については、そのほとんどを負わされているのである。中高年のリストラが大きな話題になった頃、その裏で若年層の雇い止めが進んでいた。非正規雇用の増大の裏には、正規雇用の雇い止めがある。なぜ雇い止めをしなければならないのか。正規雇用が高コストだからである。正規雇用者を雇うには手厚い雇用保障を用意しなければならないからだ。


再度書くが、OECDの報告書は、労働市場の二重構造の強まりは公正と効率の両面で問題を生み出していると分析している。このまま正規・非正規の格差を放置すれば、社会不安が増大するだけでなく、生産性向上にも結びつかないのだ。というより、すでに生産性の低下は国際的に見て明らかでもある。OECDが提言する、対策は大きく二つ。第一に正規雇用に与えられている雇用保障のレベルを下げること、第二に社会保障の適用を非正規に拡大すること、である。優先順位は正しくこの順番である。正規の享受している雇用保障を下げ、非正規の雇用保障の厚みを増す、それが両者をすり寄せることこそ、pay equity (同一労働同一賃金)の本質である。賃金格差を埋めるのではなく社会保障部分のコストを、シェアしあうのだ。その分の正規雇用の保障を削るべきなのだ。


今日の労働市場において、正規の雇用保障の厚みにこそ問題があるというのは、自分の知る限り、ほとんどのエコノミストにとってはコンセンサスである。それは、えてして保守的と分類されるエコノミストはもちろんなのだが、「良識派」マスコミが積極的に耳を傾けそうな正村公宏氏、佐和隆光氏らもそう考えているし、社会政策系の宮本太郎氏、広井良典氏、大沢真知子氏といった人々も頷くはずだ。専門家の中でおかしいのは、経済ジャーナリストの中に、上記記者ブログに似て、政府・与党(経済界) vs 経済弱者といった単純な二項対立的な視座で、経済を語る者が少しいる程度だ。マスコミを主戦場とする専門家は媒体の求めに応じたバイアス(代表性バイアス)のかかった意見を、語りがちである。正規雇用者の多いマスコミ人の労働問題への鈍感さが輪をかけ、マスコミの論調は自ら想定する弱者におもねるばかりの珍妙なものになっている。


記者ブログ(踊る新聞屋―。氏)を個人攻撃していると受けとめられる誤解を避けるため、あえて書くが、正規雇用されている当事者が悪いのではなく、正規雇用を支えている制度と慣習がおかしいのだ。正規雇用を享受している者は、正規雇用の問題性を指摘されると、まるで自ら個人の誤りを指摘されたかのように短絡する人々もいる。人を評価するとき行為と人格を分けよ、というのはよく言われることだが、社会のモノゴトを評価するときにも、制度と個人とを分けて考えることが肝要だ。だが正規雇用の過保護を直視できない人々は、たとえ悪意はなくとも、労働市場を歪める罪作りな加担者なのである。


追記(2月2日):上記引用した国勢調査の指す臨時雇用者について。その対語である常用雇用は、期間を定めずに又は1年を超える期間を定めて雇われている人であって、一般的なパートなどを含むことが書かれている下記エントリーの記述がわかりやすいです。

■Internet Zone::WordPressでBlog生活 - 臨時雇用者、14.8%も増加
http://ratio.sakura.ne.jp/archives/2007/02/01233421.php